SPECIAL SHORT ESSAY

SPECIAL SHORT ESSAY 女を育む、服

エディター・ライター 松本 千登世

ESSAY 14

毎日洋服を愛する、女たち

最近、仕事に出かける前にも、食事に出かける前にも、全身鏡を見ながら、自分に問いかけていることがある。 「今日は、近所のスーパーに行く格好じゃないよね?」 じつは、この新しい習慣が始まったのは、仕事仲間のある女性との会話がきっかけだった。 「今って、どこに行くのも誰に会うのも、デニムやスニーカーが許される時代でしょう? ふと気づいたら、毎日、まるで近所のスーパーに行くような格好になっていた気がするの。自分のことは棚に上げて言わせてもらうなら、失礼ながら『あっ、この人も』『あっ、この人も』って……。どう思う?」

そのとき私は、ワイドのデニムパンツに、厚底のスリッポン。しかもほぼ、ノーメイクにノーアクセ。ああ、いるいる! スーパーに、こういう人。まさに私のことじゃない? 穴があったら入りたい思いだった。 今日は荷物が多いから、今日はたくさん歩くから、と毎日自分に言い訳して洋服選びや靴選びをしていたように思う。いや、厳密に言うと、そうじゃないのかもしれない。ほどよく力の抜けたエフォートレスが理想、と言われ始めてからは、むしろそのほうが「今っぽい」「おしゃれ」とばかりに、意図的にそうしてはいなかったか。そんな毎日を繰り返すうち、「近所のスーパー」スタイルが当たり前になっていたことに気づかないで。 以前、取材でお目にかかったファッション編集者の女性の話を思い出した。

「思えば、私たちが雑誌を通してずっと日本の女性たちに提案し続けてきたのは、『カジュアル上手になりましょう』ということだった気がするんですね。丁寧で真面目、だからこそ、きちんと着るのは得意な半面、着崩すのが苦手。そんな私たちが、いかに、欧米の女性たちのような『抜け感』や『こなれ感』を手に入れるか。その結果が、今のファッションにつながったんだと思います。ただ、ね。『力を抜く=手を抜く』と勘違いされてしまったかもしれないな、って」 抜け感、こなれ感が美しいのは、その裏に緻密な計算があるから。緻密な計算とは、TPOと洋服と自分とを丁寧に重ね合わせて、きめ細かに吟味する作業。洋服と自分に対して、ひと手間とひと工夫すること……。改めてそう思い直したのだ。 じつは、「今日は、近所のスーパーに行く格好じゃないよね?」の自問自答を始めてまもなく、気づかされたことがある。あれっ、私、今までよりわくわくしてない? 洋服選びも靴選びも楽しくなったんじゃない? と……。すると、不思議なもので、近所のスーパーに行くときさえ、わくわくしたくなった。近所のスーパーだから、この洋服を着よう、この靴を履こう、と言った具合に。そう、心のあり方が、まるごと変わったのだ。

ロペがシーズンコンセプトとして提案する、「プレイフルシンキング」は、まさにこのことなのだと思う。すべてに対して、わくわくする。すると、女性の毎日が幸せになる。これが洋服の持つ力……。 もう一度、洋服を愛したいと思う。この一枚を着たら、どんな気持ちになるだろう? この靴を合わせたら? このバッグを合わせたら? ジュエリーは? 口紅は……? と、毎日毎日。それはすなわち、自分を愛することにほかならないのだから。

松本 千登世

松本 千登世CHITOSE MATSUMOTO

客室乗務員、広告代理店や出版社勤務の経験を経た後、フリーランスの美容ライターに。
自らの経験をもとに語られる、エッセイや美容特集は常に世の女性たちの注目を得ている。
著書に、『美人に見える「空気」のつくり方 きれいの秘訣81』(講談社)や、
『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。今日も「綺麗」を、ひとつ。』(講談社刊)などがある。