SPECIAL SHORT ESSAY

SPECIAL SHORT ESSAY 女を育む、服

エディター・ライター 松本 千登世

ESSAY 07

チューニングできる、女たち

その日は、新たにデビューした口紅のクリエイターへのインタビュー。数十色が揃う豊富なバリエーションのうち、メインカラーは濃密な発色、弾ける艶に思わず息を呑む、美しき「赤」。彼に「この色、素敵ですね」と言いたいがために、主役はこの色と決めていた。肌は光がその表面をさらっと滑り落ちるようなハーフマット、眉はふわっと柔らかい色ながらも意志を感じさせるようすっきりと仕上げて。まぶたには余計な色を乗せずにヌーディにまとめ、そのぶん、まつ毛の間を埋めるようにしっかりとインラインを入れて目の輪郭を際立たせる。あえて、チークは抜こう。髪は艶を強調しながらも手ぐしでさっと整えただけのような無造作な感じに。そして、透け感のあるシルクをそのまま体に巻きつけたような、シンプルな黒のワンピース。主張しすぎない黒のベルトをして、ゴールドの細いフープピアスだけをさらりと纏い、あとは黒のパンプスを履くだけだ。うん、いい感じ。唇に赤を差せばいい……はずだった。実際、口紅を塗ってみると、あれっ? 鏡の中の自分は、どこかちぐはぐ。印象が「重い」のである。口紅をオフして、もう一度薬指でとんとんとラフにつけ直してみたけれど、まだ重い。ベルトを取り、ピアスを取り、それでもなんだかしっくりこない。ファンデーションを少し抑え、ほんの少しチークを足すことで肌の印象をナチュラルにしたらどうかな? 華奢なロングネックレスをさらりと垂らしたほうがいいかも? あっ、そうだ、腕にも脚にも、きちんと艶を足したほうがいい。そうそう、はずしで、苦みを感じさせるユニセックスな香りも仕上げに。結果、自信を持って家のドアを開けるまでにどのくらいの時間がかかっただろう? たかが赤口紅、されど赤口紅。自分らしくこなすには、「練習」が必要なのだと、改めて思い知らされた日。

ふと、大好きなスタイリストの女性がこう語っていたのを思い出した。「年齢を重ねるほどに、おしゃれになっていくもの。ファッションは練習。練習を重ねたほうが上手いのは、当然でしょう?」一本の口紅を纏ったとき、一枚の洋服を纏ったとき、その人をその人らしく見せる正解は、100人いたら100通り。ほかの誰とも違う、昨日の自分とも違う正解を毎日見つける練習をしている人が、誰よりおしゃれなのは、当然だと思う。体型や肌質、その日のTPOから目指したい女性像まで含めた自分自身を俯瞰したうえで、ヘアスタイルもメイクアップも香水も、スカーフもアクセサリーもバッグも、何から何まで、足したり引いたり。こうして「チューニング」している女性こそが、唯一無二の美しさを湛えた人に違いないのだから。

ちなみに冒頭のエピソード、もちろん大変だったけれど、正直言うとどこか「快感」だった。トレーニングを積んで、筋肉が育って、次の目標がクリアできたときのような、そんな快感。もしかしたら、チューニングってこういうこと? 少しわかった気がした。

同じ洋服を地味にするのかシックにするのか、派手にするのか華やかにするのか。絶妙な境界線を見極め、オーガナイズしたいと思う。そうして、いつか、自分らしさを確立したいと思う。存在そのものが美しい、そんな究極を目指して。
松本 千登世

松本 千登世CHITOSE MATSUMOTO

客室乗務員、広告代理店や出版社勤務の経験を経た後、フリーランスの美容ライターに。
自らの経験をもとに語られる、エッセイや美容特集は常に世の女性たちの注目を得ている。
著書に、『美人に見える「空気」のつくり方 きれいの秘訣81』(講談社)や、
『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。今日も「綺麗」を、ひとつ。』(講談社刊)などがある。