SPECIAL SHORT ESSAY

SPECIAL SHORT ESSAY 女を育む、服

エディター・ライター 松本 千登世

ESSAY 01

ネイビーに愛される、女たち

忘れもしない、30代半ばに差しかかったころのことだ。友人のウエディングパーティに参列するため、ネイビーのワンピースを購入。鎖骨が見えそうで見えないラウンドネックに、ウエストが少しだけ絞られたシンプルなAライン、シーズンを選ばない薄手でとろみのある素材。これなら、誰から見ても好感度大だよね。華やかなお祝いの席にもぴったりだし、それに、何か羽織れば日常的に着られる。ある意味、自信満々にその日を待った。そして、当日。普段より少しだけしっかりめのメイクをし、髪をきゅっとタイトに整え、パールのネックレスを合わせ、その一枚を纏って鏡の前に立ったら……? あれっ!? 誰、この人。私、何歳なの? 5歳も10歳も老けた印象に、愕然とさせられたのだ。これが、私がネイビーにはっきりと「嫌われた」瞬間。

「制服の色」と言われて誰もが筆頭に思い浮かべるように、ネイビーは、どんな個性を持っていてもぴたりとはまる色だと信じて疑わなかった。いつもいつでも、そして、これからも永遠に、似合うはずだったのに。私にとって、いやこの世の中の全女性にとってきっと、ずっと味方をしてくれる色だったはずなのに。

ネイビーに嫌われて、初めて気づかされた。じつは、ネイビーほど「失敗のベクトル」が定まらない色はないってことに。私のように、ネイビーという色への敬意を忘れ、その包容力に甘えると、この色は途端に牙をむく。着くずしすぎると安っぽく見えたり若作りに見えたり。きちんと着すぎると堅苦しくなってぐっと老けて見える。肌の色が垢抜けるのは赤み寄りか黄み寄りなのか、髪が艶っぽく見えるのは軽やかなネイビーか深く濃いネイビーか……と、いちいち自分と照らし合わせて選び取るセンスも必要だろう。それだけに、「頂点」にある奇跡のネイビーに出会えると、いきなり究極の女っぽさが溢れ出す。肌や髪を毎日丁寧にお手入れしているからこそ生まれる「清潔感」を、丁寧な暮らしや誠実な生き方まで透けて見えるような「品格」を、そして自分自身を正しく愛し、自由に生きる「自信」を、ほかのどの色より一層際立たせるのだ。頂点のネイビーは、だから、女を姿勢から美しくするのである。

大人は、ネイビーに愛される女を目指すべきなのだと思う。それはつまり、纏うだけですべてが整えられてすーっと存在から美しいオーラが放たれるようなネイビーに出会うべきだってこと。すると、脳が興奮し、細胞が生き生きとする。この快感がまた、女を進化させるに違いないのだから。

限りなく黒に近い、深く濃い「ロぺネイビー」。それは、日本の女性の肌を美しく白く見せるのは何色か、口紅の赤を引き立てる色は何色か、立ち居振る舞いを品よく彩る色は何色かを、とことん追求してたどり着いた、たったひとつのネイビーなのだと言う。そう、それはまさに、頂点のネイビー。たとえば、カーディージャケットのネイビー。たとえば、名品トレンチコートのネイビー。たとえば、360°ニットのネイビー……。ロぺネイビーは、あなたの肌を白く輝かせ、あなたの口紅の赤を際立てる。そうして生まれるのは、あなただけのかけがえのない美しさ……。
ROPE’ NAVY
松本 千登世

松本 千登世CHITOSE MATSUMOTO

客室乗務員、広告代理店や出版社勤務の経験を経た後、フリーランスの美容ライターに。
自らの経験をもとに語られる、エッセイや美容特集は常に世の女性たちの注目を得ている。
著書に、『美人に見える「空気」のつくり方 きれいの秘訣81』(講談社)や、
『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。今日も「綺麗」を、ひとつ。』(講談社刊)などがある。